歳時祈 2026年01月04日 主日

福音の初め

「あけましておめでとうございます」といういつもの挨拶で新しい年が始りました。昔から日本では一年のうちで大切な日として「盆と正月」が上げられます。それは、家族皆が集い幸いと恵みを分かち合う日で、アメリカでは感謝祭やクリスマスがそれにあたるといえます。特に日本ではお正月は大切な日で、年末にはその年にあった悪いことを忘れ、百八つの煩悩を消すという除夜の鐘の音を聴きながら神社仏閣に詣で清められて新しい年を始めるのです。今でも懐かしく思い出される行事ですが、子どもの頃から「人に迷惑をかけてはいけない。悪いことはしてはいけない。」と育てられた私は、大晦日から新年にかけての行事を守ることによって一年の間「自分がしでかした悪いことが許される」とは思えませんでした。なぜなら、自分の失敗やしでかしたことを忘れることはできなかったからです。

時は巡り、大人になってから宣教師と出会いイエス・キリストの福音に触れた時、人に迷惑をかけずに生きられる人、悪いことをしないで生きられる人など一人もいないことを知りました。そして、イエスさまが私の罪のために十字架に死に、私の罪は赦されたことを信じました。それこそ私にとっての今を生きるためのリアルな福音でした。今年、新しい年に私の心に去来する思いは、神の底なしの愛が私を守り導き支えてくださるということです。その神の愛が、赦されている者としての私を神のみ旨に敵った生き方に向かわせるのです。

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と、イエスさまは福音宣教の業を始められました。その善き知らせは神の約束が成就(実現)したことのしるしです。 元々回心を意味した「悔い改め」は、救われてもなお罪を犯す私たちの自力による信仰の限界と、救いが神の国の到来を待たねばならなかったことを表します。私たちにできることは変わることのない愛と慈しみに満ちた神の赦しの中に誠実に生きることです。罪の裁きや刑罰によってではなく、神の愛と恵みによって世界が変わっていく。その福音が宣べ伝えられ神の愛と恵みによる世界の平和や幸いが実現していく一年となるよう祈ります。(小田)

地域の灯台として

教会の歩み

  • 1988年日本バプテスト宣教団がパルタウン大富団地に宣教師館を建築。翌年、トニー・ウッズ宣教師一家が転居し、宣教を開始。
  • 1992年10月4日、ウッズ師宅で大富伝道所主日礼拝開始(母教会:日本バプテスト仙台基督教会)
  • 1993年9月8日、教会堂完成
  • 1993年9月23日大富伝道所献堂式。1999年6月教会組織、教会名を「日本バプテスト連盟大富キリスト教会」とする。
  • 2001年4月10日、牧師館完成。

大富教会は仙台中心部から北へ車で約30分のパルタウン大富団地にあり、仙台のベッドタウンとなっています。さらに北の工業団地には愛知からトヨタの工場が移り、近隣の人口が増加傾向にあります。
教会堂には、ウィークデイミニストリーや、教会キャンプの為にシャワールームが設けてあるのも特徴です。
2011年の東日本大震災の際には、津波の被害を受けた宮城県沿岸地域に近い教会として、吉岡伝道所(牧師野口直樹)と共にボランティアの受け入れ拠点としての働きを担いました。またその後も海外や西南学院大学のボランティアチームの支援活動のために活用いただきました。

震災と大富キリスト教会

大富教会は、日本バプテスト連盟に加盟しており、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって被災した石巻市牡鹿半島の被災地支援に携わっています。

震災後、連盟は東北各地の被災地支援のために現地支援委員会を組織しました。大富教会は宮城チーム(仙台教会、長命ヶ丘教会、南光台教会、大富教会)として、仙台市内や石巻市の援助が遅れていた牡鹿半島に点在する浜への支援を開始し、がれき撤去や炊き出しを行いました。特に石巻の被災地に最も近いバプテスト教会として、遠方からのボランティアに宿泊場所を提供しました。そして、仮設住宅建設が進んでからは、生鮮野菜の配布を中心とした訪問支援、集会所での「お茶っこ」を通して心の交流を、「最後のひとりが仮設住宅から出るまで」をめどに、国内はもとより海外からのボランティアチームの協力も得て続けて来ました。

現在は、牡鹿半島南端の黒崎や鮎川、給分浜や荻浜の方々、石巻市の元浦屋敷仮設住宅を出られた方々を、クリスマスや震災から一年毎の節目に訪問し、つながりを続けています。また、東京電力福島第一原子力発電所事故の時には、大富教会敷地内でも、拡散された放射性物質による高線量スポットが発見され、汚染土の除染を経験したことがあり、福島県の加盟教会と共に放射能問題と取り組みませていただいています。

東日本大震災より10年を超え、復興には地域差があり、心の復興が必要であることを覚え、原発問題では今もなお2万人を超える方々が避難生活を余儀なくされていることを忘れず、皆様の支援をいただきながら、主イエスの伴いがあることを信じて被災地の方々とつながり続けていきたいと願っています。