愛の勝利

イースターおめでとうございます。小さな子どもたちは朝からイースターエッグ探しを行いました。卵を探して見つけた子は喜んで籠に集めていました。イエスさまの復活を象徴するものは色々ありますが、そのどれもが「死んでいる」ように見えるものが本当は、「新しく生まれる」ものであることを表しています。たとえば蛹さなぎは一見生きているようには見えませんが、羽化するときれいな蝶々になります。卵も丸い石膏の棺に見えるものから新しく生まれたひな鳥が殻を破って出てきます。そこに命の不思議さがあります。まさに、新しい命を探し、それを見つけた時の喜びは何にも代えがたいものです。

安息日の夜が明けると、マグダラのマリアやヤコブの母マリア、そしてサロメは、十字架に死に、墓に葬られたイエス様の遺体の処置のために墓を訪れました。墓の入り口をふさいでいる石の蓋ふたをどうやって開けるか話し合いながら墓に着くと、既に石はわきに転がしてあり、墓の中にはイエスさまの遺体は無く、白い衣を着た若者が見えました。彼女たちは驚きましたが、若者は、「イエスはここにはおられず、先にガリラヤへ行き、そこでお目にかかれる」と告げたのです。あまりの出来事に彼女たちは驚き、正気を失いました。

マルコの証言はとても現実的で、しかもイエスさまがかねてから語っておられたご自分の死と復活の実現とその理解の困難さを物語っています。それは、死刑を宣告され、侮辱を受け鞭うたれた後十字架で殺されるということ、そして三日の後に復活するということでした。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と宣教を始め、神の愛と恵みによる赦しを説き、力によるのではなく愛の実践をともなう信仰に生きたイエスは、人々の罪により無残にも十字架で殺されてしまいました。

しかし神は、死んだかにみえる「愛が支配する神の国」をイエスさまと共に蘇らせてくださいました。パウロは、信仰と希望と愛はいつまでも残り、その中で最も大いなるものは愛である、と語りました。この世がどれほど悲惨でも神の国は確かに存在するのです。(小田)

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